上海派(江沢民一派)の懊悩

江沢民が中心となって90年代初期から推し進めてきた「社会主義市場経済」が大きな曲がり角に来ている。欧米のバブル崩壊で、いままでのビジネスモデルがダメになったからだ。

中国が進めてきた「改革開放」は訒小平によって70年代末期から開始されたが、1989年の天安門事件によって頓挫してしまった。その後、この路線は江沢民によって再開され、現在に至っている。

訒小平のときも江沢民のときも、ビジネスモデルは基本的には同じだ。すなわち、

1)市場経済
2)海外から投資させ、その投資と安価な労働力によって生産を行ない、製品を輸出する

という2つの要素から成り立つモデルである。ちなみに、この2つの要素は補完的ではあるが別物だ。

例えば江戸時代の日本は(1)だけだったし、少し前の北朝鮮では、工業団地(開城工業団地)を作り、海外からの投資と製品の輸出を行なっていたが、市場経済とは言い難い。

訒小平のときの「改革開放」は中国に地域格差・所得格差を生み出し、天安門事件という形で頓挫した。しかし、路線自体は継承され、その後、中国経済は高度成長している。では、今回の改革開放も、頓挫するものの再び路線が継承され、成長を続けていくのだろうか? どうやら、そうはならないだろう。というのは、訒小平の時代と江沢民の時代では、国際的な経済環境に大きな違いがあるからだ。

どのような違いか、というと、85年のプラザ合意以降、世界経済は国際資本移動による投機的バブルの時代を迎えるからである。

投機の原資は主に日本のカネである。日本が戦後の貿易黒字で営々と稼いだカネである。バブルはまず、日本で起こった。これはある意味当然で、アメリカに流れていた日本のカネがプラザ合意によって日本に還流し、日本のバブルが発生したからである。そして、日本のバブルが崩壊した後、このカネは世界中を駆け巡ることになる。世界中がバブル景気に熱狂した時代だ。

国際資本移動による投機的バブルは、次のように起こる。すなわち、

1)海外から資本が流入する。
2)流入した資本で、土地や株などの投機対象が値上がりする。
3)バブルが続く限り資本は流入し、値上がりは続く。
4)バブル崩壊とともに資本が流出し、投機対象の価格に戻る。
5)別の国に資本が流入し、1)以下を繰り返す。

というものだ。

このようなバブルが起こり、海外から資本が流入するとどうなるか、というと、通常は、貿易赤字になるのである。これは当たり前で、国際収支では

経常収支(主に貿易収支) +資本収支 = 外貨準備増

という恒等式が成り立つからである。つまり、外貨準備に変化が無い限り(外貨準備増=0)、資本が流入すれば(資本収支がプラス)、経常収支は自動的にマイナスになるのである。大雑把に言うと、バブル景気に浮かれた国は、資本が流入し、輸入超過になるのである。

欧米がバブルに熱狂したとき、世界に製品を供給したのは中国であったが、中国の輸出が好調だったのは、このような理由による。ちなみに、資本は中国にも流入し、その一部で中国国内にバブルを起こしているが、上の式に当てはめると

経常収支のプラス+資本収支のプラス = 外貨準備増

ということになる。実際、中国は外貨準備が急増したが、これは、中国の政策当局にしてみれば、為替レートを操作(元安)に保つため、やむなく行なったものであろう。

もうバブルの時代は終わった。欧米はバブル崩壊に直面し、おそらく、金融機関の投機的行動を規制し、モノの生産によって経済の立て直しを図ることだろう。さて、そうなると、もう中国は以前のような輸出や資本の流入は期待できなくなる。改革開放の中国型ビジネスモデルは崩壊したのである。

では、中国は今後どのような方向に進もうとしているのだろうか? おそらく、成長可能な唯一の方法は、地域・所得格差を是正しながら需要を創出していく、というものであろう。

しかし、そのような方法を採られては、上海派は非常に困る。というのは、上海派とは、江沢民の時代にバブルのアブク銭を蓄積した人々であり、その資産を政府に召し上げられようとしているからである(おそらく、資産で中国国債の購入を求められるか、不正蓄財で犯罪者になることだろう)。

上海派にとって財産を保全する方法は2つしかない。一つは、政府の実権を握る、という方法であり、もう一つは、資産を持って海外に逃亡する、という方法である。

おそらく、今回の尖閣問題も、上のような事情で起こったものだろうが、上海派には、今のところ、実権を握れる見通しは無いようだし、かと言って海外に逃亡しても、財産が保全される保証もない。上海派の面々にとっては、身悶えするほど悩ましい状況だろう。

さてさて、どうなることやら。