IS-LMの呪縛

景気が悪いときは貨幣供給を増やして金利を下げる、というのは、ちょっと経済学を学んだ者にとっては非常に親しみやすい主張だ。実際、学部で最初に学ぶ閉鎖経済のIS−LMモデルでは、金融緩和によって金利が下がり、投資が増えて生産が拡大する、と教えられる。さらに、これを拡張した開放経済のIS-LMモデルでも、期待や国際資本移動の仮説によって多少の違いはあるものの、金融緩和によって為替レートが自国通貨安になり、生産が拡大する、と教えられる。

日本は不景気である。どうしたら景気は回復するのだろうか。上で述べたモデルを応用し、金融緩和政策を主張する人々がいる。しかし、このモデルを現在の経済に適用するのは大きな問題がある。すなわち、IS-LMモデルが静学モデル(static model)である、ということである。ここで、静学モデルとは、過去と将来を与えられたものとして動かさず、その中で現在の経済だけを考える、というモデルのことである。

静学モデルでは人々の将来についての期待(予想)を内生変数化することができない。与えられたものと仮定するか、あるいはアドホックに何らかの内生変数の関数とせざるを得なくなるのだ。そのため、このモデルでは、内生的な期待によって生み出される「投機的バブル」の分析ができない。

今日の世界経済の基本は国際資本移動である。利を求め、国境を越え、資本(信用)が世界中を移動する。この移動によって世界各地で、通常、バブルが引き起こされる。実際、日本を始めとして、アメリカ、EU、ロシア、中国など、ここ30年近く、バブルによって経済が拡大し、その崩壊によって不況になっている。2000年前後から始まったアメリカの不動産バブルはリーマンショックによって崩壊し、現在、膨大な不良債権を生み出してしまっている。

日本の十数年来の低成長・不景気も、この投機的な国際資本移動の中での低成長・不景気である。したがって、日本経済に有効な政策を導出するためには、これをどう扱うか、がポイントとなる。結論から言うと、この資本を国内へ呼び込み、投機ではなく投資として活用する方法が求められるのである。しかし、その問題をIS−LMのフレームワークで考えることはできない。

IS-LMを基に金利を引き下げると資本は海外に流出してしまう。そして、活用すべき資本を流出させてしまえば、経済成長なぞは望むべくもない。夢のまた夢なのである。

困ったものである。